バイク教習その6

5月21日 卒業検定落第後の教習。総教習時間は27時間になってしまった。通常は17時間なので、大型二輪並の教習時間である。因みに大型二輪の規定教習時間は25時間なのでそれすら超えている。久しぶりのバイクで、本心はバイクに乗りたくないが、教習に行かなければ教習は終わらないのだから、行くしかない。どうしても卒業検定に合格する気になれない。一本橋、急制動、スラロームそれぞれは通過する自信はあるが、全部を無事に通り過ぎる事など不可能に感じる。卒業検定が終わってしまえば何でもないことだろうが、今の私には合格する気がしない。

練習はコースを2回走って、残りはスラローム、急制動、一本橋を繰り返した。今日の教訓は後ろブレーキを意識するである。常に後ろブレーキを使い、引きずるようにバイクを走らせると走行が安定した。以前にも記載した内容であるが、すっかり忘れていた。次回の卒業検定は後ろブレーキのみに集中しようと思う。卒業検定は落ちるときは落ちるのである。特に一本橋などは落とすための項目と言っても過言でないと思う。落ちたらまた次回挑戦すれば良いのだ。

私の人生は失敗続きである。しかし、失敗しても繰り返し挑戦したから、最終的には合格を貰ってきた。今回も同じだろう。何回落ちても良いから最後まで頑張ることだろう。それからちょっとうれしいこと。教官から「今度、落第したら、(私は)担当から外させてもらいます。」と言われた。教官から開放されるだけでも、プレッシャーが減って落ち着いて運転できるかもしれない。

5月23日 卒業検定、結果から書けば合格だった。一本橋を渡り切ったところで、合格したと思って気が抜けて、最後はバタバタした運転になってしまった。最後の停止線で足ブレーキを忘れて、前ブレーキで止まり、前へつんのめる様になってしまった。それでも合格は合格である。これでもう自動車学校へ通わなくて良い。心底ほっとした。合格できた要因は後ろブレーキに集中したことが上げられるとおもう。後ろブレーキを軽くかけて、引きずる様にバイクを走らせてアクセルを調節したら、スムーズに乗ることができた。たったこれだけの事ができなくて今まで苦労してきたのだ。バイクに慣れている人にとっては何でも無いことだったのだろう。卒業検定の当日は朝3時半に病院から呼び出しがかかった。これで私は「卒業検定は合格する。」と思った。普通は病院から呼び出しがかかることを運が悪いと思い、卒業検定に落ちると思うかも知れないが、私の場合は運の悪いことが起きた方が、幸運がやってくると思えるのだ。結局朝8時まで病院にいなければならなかったので、自転車での練習はできなかった。自動車学校へ8時20分に着くと、今日は普通二輪受験生は、私を含めて2人であった。もう一人特殊牽引の試験を受ける人がいたので、その人と雑談をして過ごした。卒業検定の説明は2回目だから緊張しなかった。試験は第2コース、もう一人の受験生が先に走り、私は後であった。もう一人の受験生は本当に上手だった。「僕は、まだコースを覚えていないのですよ。」などと言いながら、次々と課題をこなしてゆく。聞くところでは、同日に四輪の卒業検定を受けるそうである。結果は二輪、四輪両方同時一発合格であった。次は私である。目を覆いたくなるほど下手くそで、ぎこちないことこの上なかった。コーナーでは車体を傾けられないために大回りになり、急制動では時速40kmを超えたところで、指示器が点滅しっぱなしな事に気づき、指示器を切る際にクラクションを鳴らしてしまった。急制動はパイロンぎりぎりに止まれたが、速度不足でやり直しかと思った。するとOKが出て、優しい試験管に感謝した。クランクを出て、問題の一本橋。アクセルを開け過ぎな位開けて、一本橋に侵入、後ろブレーキをかけてスピードを調節して、一気に渡り切ってしまった。当然7秒は確保できていなかったが、とにかく渡りきってしまう事が大切であった。一本橋を抜けたら気が抜けて運転がバタバタしたが、合格である。厳しい採点では落第だろうが、良しとしよう。終わって本当にほっとした。私はバイクに乗らないかもしれないが、それでも自動車学校を卒業できて良かったとおもう。今は気が抜けて、ぼんやりしている。

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バイク教習その5

512日(火)2段階、13限。今日は卒業検定のコースを4周回って、残りの時間は一本橋を練習した。急制動、スラローム、坂道発進は無難にこなせたのに、一本橋は2回に1回くらい落ちてしまった。一本橋は落ちてしまえば失格だから、とにかく渡りきることが重要である。タイムは気にせずに、確実に渡りきる事を目指そうとおもう。

一本橋を渡るとき「鳩の歌」を歌えば渡りきれたのに、今日に限れば、効果が無かった。歌を歌うことを忘れてしまっていることもあるのだろう。いつもより一本橋が細く感じた。ごちゃごちゃ考えずに、渡り切ってしまえば良いのである。今後、もしバイクに乗るようになっても、一本橋など渡る事は二度とないだろう。極論は、卒業検定の時だけ一本橋を渡れたら良いのである。落ちるときは落ちるであろう。なるようにしかならないだろう。私は、普通の状態で卒業検定を受けたら良いのだろう。

教習生が私の他に2人いた。一人は大型、一人は普通である。大型は18歳位でやたらバイクに詳しかった。750ccが如何に重たいかを話してくれた。運転は大変上手で、もう卒業検定を受けることができるほどの腕前である。こういう人は苦労せずに教習を終えるのだろう。普通二輪の人は20歳前半で、今回初めてバイクに乗るとのことである。外周を気持ちよさそうに走っていた。この人も私のような苦労をせずに卒業できそうである。

515日(金)第2段階、14限。明日は卒業検定を受ける予定なので、今日が最後の練習。最後だからといって特別な運転ができるわけではないので、いつも通りするしかない。今朝は不合格になった夢を見たが、今日1限練習があるから、練習すれば合格するかもしれない。そもそも普通二輪である。コースを走りきれば卒業である。いつも通り走れば合格である。まあ、私は運動が苦手で不器用だから不合格のこともあるだろう。私の様な人間が事故を起こすのだろう。それを思えば自動車学校で苦労することは幸運なことだといえる。普通に卒業していたら、これほどバイクで悩むことは無かっただろう。話は変わるが、教習で教わることは運転術の一部でしかなくて、多くは自分で工夫して覚えるしかないと思う。私はインターネットで勉強したが、本屋で自動二輪免許の本を買ってもよいと思う。勉強する必要のない人はすでに運転技術を身に付けている人だろう。バイク教習を自動車と一緒に考えていた私が間違っていた。後、教習は私の様に運転に余裕がない人間は11時間にするべきだとおもう。集中力持続は30分が限度で、それ以上はいくら練習を続けても身に付かない。それから、体調は良い状態で教習を受けるべきだ。当直明けの寝不足で教習を受けても良い結果は得られない。無理しても、私のように補修が多くなるだけだ。

卒業検定のコースを走って4勝1敗であった。1回目の走行は一本橋で落ちて、負け。残りの走行は4回とも無難に乗り切って、勝ち。合格確率80%だ。普通に運転すれば合格するのだ。

5月16日(土)卒業検定。結果から書けば不合格だった。スラロームで前輪ブレーキをロックして転倒したのだ。その時のスラロームはいつも以上に不出来だった。アクセルを戻すタイミングが遅れてパイロンに衝突しそうになった。そこで前ブレーキに手が掛かり転倒である。以前からコーナーで前輪ブレーキを使わない様に言われていたのに、愚かな私は使ってしまったのだ。転倒したら卒業検定は中止、即不合格である。何たることか。昔から私はこうなのだ。他の人が問題なく通る道を私だけが躓くのである。もうバイクに乗るのが嫌になった。嫌になったというより、私が本質的に鈍臭さくてバイクを扱えなくて虚しくなった。自分が鈍臭いとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。バイクに乗れば事故を起こすだろう。私はバイクに向いていない人間なのである。バイクを購入する前に気づいて良かった。自転車に乗っていよう。バイクの練習をして自転車の小回りが上手になった。自転車で通勤すれば体も丈夫になるだろう。

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バイク教習その4

4月22日(水)今日は当直。バイク講習は休み。少し気が楽である。普通二輪教習体験記を読むと、他の人も、私と同じように苦労していることが分かる。そして私は出来の悪いほうであることも分かる。まあ、3-4時間超過しても構わないや。そのうち免許は貰えるのだから気楽に居よう。

右ハンドルブレーキを握り車体を起こす。

サイドバーを上げる。

後方確認。

乗車。

ミラー調整。

キーを回し、ニュートラルを確認。

エンジン始動。

右後方確認。

右足を下ろして、左1速へ入れる。

左後方確認、左足を下ろして右足をステップへ乗せる。

発進合図。

ミラー、右後方確認。

発進、2速へ。

左折、縁石から1m以内を通る。30m手前、または3秒前より進路変更合図。

交差点は中心矢印を踏んで通る。見通しが悪い交差点では一時停止。左右、カーブミラー確認。交差点に入ってからも左右確認。10km/h以下で徐行。

43km/hまで速度を上げる。

停止コーンにかかったら後ろブレーキ、前輪ブレーキ。

停車後、右後方確認、右足を下ろして、1速へ入れる。左後方確認、左足を下ろして右足をステップへ。

右折後、左進入を合図、左巻き込みを確認後、スラノーム進入。8秒以内。

左折合図、スラノームから一般道へ出る。

クランク進入時、2速へ落とす。後ろブレーキを使い、引きずるように走る。

2つ目のクランクで右折合図。

中央線から50cm以内を走行、坂道を確認。1本橋へ侵入。

停止ラインから50cm手前で停止。

1本橋進入は勢いよく。

橋へ乗って、安定してから後ろブレーキ。アクセルは吹かし加減。半クラッチ、後ろブレーキを調節して走る。落ちそうになったら加速して急いで通過する。7秒以上。

踏み切り進入時、右折合図。停止して、オーバーアクションで安全確認。1速で踏み切りを渡り、すぐに2速、縁石から1m以内をふらつかずに走行。

2速でS字通過。

中央を過ぎたところで右折合図。

坂道、コーン位置で左端から50cmに停車。

クラッチが焼けてもかまわないから十分にトルクをかけてからフットブレーキを離す。

坂の頂上は1速で通過。

右折合図。

2速へ上げて右折。

障害物手前より針路変更合図。

針路変更後速やかに再針路変更合図を出しながら障害物横を通過。中央線は踏まない。

左巻き込みを確認して、進路を戻す。

停止位置50cm以内に停止、ラインに平行に停める。

1速へ落として停車。

右後方確認。右足を下ろして、ギヤをニュートラルへ入れる。

左後方を確認、左足を下ろして右足をステップへ乗せる。

エンジン停止。

後方確認、下車。

合格する人と合格しない人の差なんてほとんど無いと思う。如何にイメージ通りに走れるかだろう。バイクを持っている人は練習できていいね。ない物ねだりをしても仕方がないから。私は自転車に乗ってイメージトレーニングを続けよう。

4月24日(金)今日も教習なし。昨日は仕事の都合で教習をキャンセルしてしまった。まあ、急いで教習を受ける必要もないし、キャンセルも仕方がないだろう。合格体験記を読んでいると、やはり運動のできる人はバイクの乗りこなしも違うと思う。苦労しているのは女性ライダーばかりで、男性は規定時間で卒業しているし、卒業検定もそつなくこなしている。私はどうだろう。もう4時間もオーバーしているし、卒業検定も失敗しそうである。まあ、卒業してしまえば良いのだから、何時間かかろうと構わないか。スラロームで前輪をきゅっ、きゅっと鳴らすのが心地よいと書かれた文章があったが、私はその境地にはたどり着けないだろう。ニーグリップと後輪ブレーキに注意して、それなりに走るのが私の限界だ。せめて原付バイクがあれば、バイクの感じがもう少しつかめるのに。自転車も基本は同じというが、ニーグリップ出来ないし、推進力を足で加減するからスラロームをしてもごまかしてしまうのだ。まだ、スラロームでいつアクセルを開くのか分からないのだから、うまくできるはずもない。もっとゆったりとした8の字をして、アクセルと傾きの関係を知りたいものだ。普通の人はこんなことにすら悩まないのだろう。

4月27日(月)少し筋肉痛。それから疲れている。やる気が沸かない。自動車の教習の時もそうだったが、バイク教習も行きたくないな。

4月27日(月)2段階、7限。今日もコースを走るだけ。わたしゃ志の低い教習生だから練習はもういいかげんにして欲しい。さっさと見極めを終えて、卒業検定を受けさせてもらいたいものである。卒業検定を落ちるなら諦めがつくが、こんな同じことを毎日繰り返しているのは時間がもったいない。今日の教習終了時にバイクを倒してしまった。教習を終えて気が抜けた拍子にバイクを傾けて、気がついたときにはバイクを支えきれずに倒してしまった。教官が走ってきてまた、「中沢さん、なにやっているんですか?」と言ってきた。私がバイクを起こして、「バランスを崩してしまいました。」と答えると、教官は怖い顔をして私にバイクから離れるように言って、「オイルタンクは大丈夫かな?」と私に聞こえる様に話しながらバイクをチェックし始めた。そして私を置いて、さっさとバイクを車庫へ片付けてしまった。この教官にとって私はイライラの種なのだろう。普通は「中沢さん、大丈夫ですか。」くらい言うものである。教習場のバイクなどいくらでも倒されているのだから、私が倒したくらいでこんなに怒るのは常識的ではない。この先何時間、この教官と付き合わなければならないのだろうか。

私はバイクの免許を習得してもバイクには乗らないだろう。通勤にバイクを使おうと考えていたが、実際は無理かもしれない。雨だとバイクに乗れないし、荷物も多くて背負いきれない。従って生活にどうしても自動車が必要になる。バイク購入費30万円も痛い。教習代12万円も辛かったのに、これ以上お金を払うのはあまりメリットが無いように思う。30万円でサイクリング車の上等な物を買ったほうが良いと思う。

427日 2段階、8限。急制動と、咄嗟時の判断をした。急制動は怖くないが、後輪がロックしてしまうのが困る。ロックさせると失格である。パイロンを超えても中止だから、不安が満載である。咄嗟時の判断は教官が白旗挙げれば右へ、赤旗挙げれば左へ避けるというものだ。しかし、左手に白旗を持って挙げたら左へ行くのが普通の反応である。生徒が間違える様によく考えているものである。私は教官が反対の手に旗を持って挙げると予想していたから、手に惑わされずに、旗の色で判断して避けることができた。後はコーナーを20キロ、30キロ、40キロで走れというものである。20キロは余裕である。30キロは車体を傾ければできるかも知れないが、今の私はギブアップである。ブレーキをかけてしまった。しかし教官は40キロでも走れという。走っては見たものの当然曲がれるはずもなし。ブレーキをかけてトロトロとコーナーを通過した。ところがコーナーの先にパイロンが寝かせて置いてあった。私はパイロンの手前で停車したが、これもとっさ時の判断を見る物だったのだろう。私はパイロンを回避したので一応合格である。以上で本日の教習おしまい。

5月1日 2段階、9限。今日も急制動の練習。バイクになれたおかげでタイヤをロックさせずに止まることができるようになった。しかし10回やれば1-2回はロックをさせてしまいそうである。完璧にできるはずはない。一本橋も坂道発進もまずまずできるが、10回やれば1-2回失敗しそうである。全部を成功させるのは大変なことである。まあ、できなければ卒業できないのだろう。

5月10日2段階、10-13限、今日はシミュレーションで事故の体験である。初めて他の生徒と一緒になることができた。もう一人の生徒は私と同じ40代男性、バイク暦は50ccが20年以上とのこと。この人は苦労知らずで順調に教習のメニューを消化している様である。教官と1対1で授業を受けていたら気詰まりだから他の生徒がいてくれて大変よかった。道路合流では死角に入っていた自動車に後ろからはねられてしまった。交差点で右折する際には、直進のトラックから早く右折しろとパッシングを受けたが、トラックの陰からバイクが飛び出してくるのは見え見えである。1台バイクが飛び出してきたので、それをやり過ごして私が交差点へ進入すると、さらにもう1台バイクが飛び出してきた。まさか2台もバイクが来るとは思っていなかったのでびっくりしたが、私がゆっくり走っていたので、2台目も衝突せずに済んだ。その他、歩行者飛び出しや、停車中の自動車のドアが開いたり、左折トラックに巻き込まれそうになったりした。最後に見晴らしの良い道路を60キロで走って交差点へ近づくと、交差点右道路を自動車が走って来る。相手も60キロで走っているので、このままでは衝突することになる。私が50キロにスピードを下げると相手も50キロに下げる。私が40キロに下げると、相手も40キロに下げる。これでは両方止まってしまうことになる。そこで私が60キロにスピードをあげると、相手も60キロに上げてくるではないか。仕方がなくスピードを落として交差点に進入すると相手もスピードを下げて止まってくれそうな気配である。道路はこちらが優先である。私は再びスピードを上げて交差点に進入すると、なんと相手の自動車もスピードを上げて交差点に進入してきた。私は止まれる自信があって、止まったが、自動車は容赦なく私に突っ込んできて、私ははねられてしまった。良くできたシミュレーターである。後は二人乗りのビデオを見て、教官と話をしておしまい。その後外へ出て実際にバイクを走らせた。終わると教官は「もう卒業検定を受けてください。」と言ってくれた。どうやら2段階見極めが終わった様だ。しかしあと3時間、卒業検定までバイクを乗るようにとのことである。まあ、ここまで頑張ったのだから、あと3時間位はなんともない。

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バイク教習その3

4月21日(火)2段階、2限。今日はコースを走っておしまい。スラロームも1本橋も不満足だった。さらにクランクでコースアウトしてしまった。前回に続いて自己嫌悪を感じている。クランクはアイドリングを使えば20回走って19回は通過できる。車体を傾けようなどとしたからコースアウトするのだ。初心に戻って謙虚に運転しなければならない。1本橋は落ちたら失格だから、通り過ぎることに集中しよう。タイムなど気にする必要はない。後は急停車と緊急回避があるが、これは心配していない。これからは、ひたすらコースと運転方法のイメージトレーニングを繰り返そう。

4月25日(土)2段階、3、4限。今日もコースを走ってお終い。いつまでこんな状態が続くのだろう。

4月26日(日)2段階、5,6限。昨日の夕方は自転車でイメージトレーニングをした。昨日2時間、今日1時間、ずっと駐車場で自転車をこいでいた。頭の中でテトリスのバックミュージックの「トロイカ」が延々と繰り返される。「走れトロイカ、軽やかに、鈴の音高く。」トレーニングのおかげでバイクの取り扱いにまごつかなくなった。一本橋を渡るときは鳩の歌である。「ぽっぽっぽ、はとぽっぽ。」最後まで歌い終えたら10秒である。私は大抵、「豆がほしいいか、そらやるぞ。」で渡り終えてしまう。バイクの技術は未熟だが、手順はしっかり覚えることができた。

教習は第2コースを走った。手順は頭に入っているのだ。しかしバイクに慣れていないために、発進に手間取ったり、ふらついたり、右足着地したりしてしまうのだ。これはどうしようも無い。スラロームは遅くなってしまった。アクセルを開くとパイロンに接近してしまい、却って遅くなるのだ。今日の測定は8秒7だから私としては良いのではないだろうか。いつまでこんなことが続くのだろう。

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バイク教習その2

4月6日(月)今日は講習なし。腰と肩が痛い。もともと腰痛を持っているが、ガチガチ固まってしまい、柔軟体操を20分した。後は左足の擦り傷、打撲、左突き指等。バイク体験談を読んでも、転倒やエンストの話はほとんど出て来ないし、ましてや怪我をしたのは見たことがない。私の運動能力は人並み以下なのだろう。以前からそう感じていたが、今回の教習で再認識させられてしまった。

バイクの教習は自動車とまったく違うとおもう。無免許でバイクを乗り回している高校生に、私は運転の技術でかなわない。しかし、教習ではそんな高校生と同じ内容を教えられるのであるから、技術が追いつかないのは当然だ。バイク教習を受ける前に、少なくとも50ccスクーターは練習したほうが良い。クラッチが付いていたらさらに良い。これを自由に運転できたら1段階は終了したも同然である。後はひたすら教習場の走りを覚えると良い。バイク教習を受ける多くの人にとって、バイク教習は「これで、おしまいなの?」というものだと思う。

4月7日(火)1段階、6限。一日置いての講習なので、気持ちが少し新鮮である。教官に会うとすぐ、「先日は失礼なことを言って済みませんでした。」と言われてしまった。「お、少しは反省してくれたのね。」と思いつつ、「いえいえ、そんなことは全然ありません。こちらこそ迷惑をかけてすみません。」と笑顔で返事した。それにしても失礼なこととは、どのことだろう?「何やってんですか?」か、「だんだん悪くなっている。」か、「こりゃ、たいへんだね。」か、思い当たることが沢山あって、どれか分からなかった。最初の殊勝な態度と裏腹に教習が始まると元の嫌味な教官だった。わたしゃスラロームを通れたや、発進、停止がスムーズや、ウインカーまで出せたなど、かなり良くなっていると思うのに、教官はそんな事は一切触れず無言である。いきなり半クラッチの練習をするという。うーん、半クラッチか。まあ、発進の練習になるから良いかと思って私も練習する気になった。教官の後ろに乗って半クラッチで場内を一周である。これは難しい。アクセルを固定したまま半クラッチで低速移動するのである。さらに教官は半クラッチを利用して一本橋をゆっくり時間をかけて渡り始めた。教官はバイクの運転が上手い。この事は認めるが、半クラッチの練習を認める気にはなれなかった。一本橋など普通バイクは1速アイドリングで渡れば7秒などクリアできるのである。大型バイクなら半クラッチが必要かもしれないが、私には無意味である。そんな事は言えないまま、半クラッチで8の字走行の練習である。1速でアクセルを気にしながらの8の字なら練習になっただろう。しかし、半クラッチを使えなどということはバイク4日目の私には無理である。私はアクセルワークがまだ理解できていないのだ。さらにバイクを傾けることができないから小回りができないのである。半クラッチはまったく必要ないから、もっとバイクをバンクさせる練習をさせてもらいたいのである。やっとスラロームのコツが見えて来ているのであるから、S字やクランクなどをさせて貰いたいのである。そんな私の気持ちは教官にはまったく通じず、半クラッチである。アクセルができないのに半クラッチができるはずがない。もうめちゃくちゃである。「目線が近い。」そう言うと教官は私のヘルメットを持って、ぐいと上向きにした。この教官の言うことを聞いていたらまた転倒する。信じられるのは自分だけである。半クラッチをしている振りをして1速で8の字を走ってやった。そこで終業のチャイムである。車庫まで半クラッチで帰れという。こりゃ明日からまた大変だ。

4月8日(水)1段階、7限。病院の勉強会をサボって教習に来てしまった(私はリウマチ科の医者)。教官が無線機を出して、「今日は、無線をつけて練習しましょう。」と言う。教官なりに反省と工夫をしている様である。無線は調子が良かった。教官と離れてバイクを運転できるので気が楽で、少し運転が楽しいと感じることができた。その後、一本橋である。前々から一本橋がバイク試験の関門であることは知っていたが、「私なら何とかなるだろう。」と考えていた。しかしこれが間違えだったことは明白である。1回目失敗、2回目失敗、3回目失敗、4回目失敗、5回目失敗。失敗の内容もひどい物で、橋に乗れないことさえあった。6回目に渡り切ったが、7回目は失敗。「私はこの程度の人間なのさ。」「教官が私の事を酷く言うのも当然だ。」本当に落ち込んでしまった。その後、試験コースを教官に付いて走ったが、まるで頭に入らなかった。教習を終えて、次は一段階の見極めであるが、「もう1限追加しましょう。」という教官の言葉に頷くしか無い私であった。昔から運動は苦手な方であったが、再認識させられた今日であった。

4月9日(木)今日は講習休み。両肩に筋肉痛が残っている。習うより慣れろが重要だ。私はバイクを持っていないので自転車でイメージトレーニングをした。自転車に跨って、エンジン始動、後方確認右足を着地して左足でギヤを1速へ入れて、発進合図、再び後方確認して出発、発進合図を消してギヤを2速へ入れる。こんなことを自転車に乗りながらした。スラロームも自転車なら簡単である。ハンドルを切って体重移動のきっかけを作って、車体を傾けて小回りをし、次に駆動力をかけて車体を起こす。私はアクセルワークが下手だから後輪に駆動力をかけるのがうまくいかない。そんな言い訳をしていても仕方がないから、ひたすらスラロームで前進を続けた。こんなことが役に立つのだろうか?知らない人が見れば自転車でジグザグ走行をする変な人である。それでもやらないよりは良いだろう。コース図に線を引いてコースを思い出そうとした。次回は掲示してあるコースを書き写してこよう。

4月10日(金)1段階、8限。1日空くと講習が新鮮に感じられてやる気が少し湧いてくる。教官は今日も最初はニコニコしていて優しい。この調子で居てくれたら私も嫌な思いをしなくても良いのだが、まあ、教官の機嫌が悪くなる原因は私なのだから文句は言うまい。今日は1本橋とスラローム。いきなり1本橋を4回連続して落ちてしまった。やはり私は運動がだめなのだ。前回1本橋のコツをつかんだつもりだったのに、やはり俺はだめな奴なんだ。そう思いながらも5本、6本目は渡り切ることができた。スラロームはコーンに触れずに通りすぎるだけならできるのだ。しかし、すばやく通りすぎることはできない。車体を傾けられないのだから仕方がない。アクセルワークができないのだから、傾いた車体を起こせないのだ。しかし、今日は教官の罵声が心なしか少ないような気がする。教官も成長しているのかもしれない。最後にコースを教官に付いて走っておしまい。1段階見きわめが済んだ様だ。次は1時間、機械を使ってシミュレーションをするという。ラッキー、1段階終了だ。

4月11日(土)今日は教習は休み。首、肩、腰が筋肉痛で辛い。コースを覚えるが、車線変更の位置がよくわからない。教官の走るコースをよく見ていなければいけない。練習したいが、自転車では練習の効果はそれなりだろう。明日の教習は天気が良いといいが。

4月13日(月)1段階、9限。シミュレーション、昨日は急用で教習を受けられなかったので、3日振りの教習である。疲れが取れないのは、緊張と慣れないバイクの運転のせいだろうか。今日はシミュレーションなので気が楽である。パソコンを立ち上げると正面の液晶画面に町並みが写った。画像のレベルはスーパーファミコン並である。いきなりシミュレーションのバイクに乗って運転しろとのことである。バイクは本物を切断して装着してあり、ブレーキも変速レバーもとても使いやすい。エンストをしないので初めてでも気持ちよく乗ることができた。3速発進するとノッキングするし、アクセルを開けると車体が後方に傾斜するし、おまけに走行中扇風機から風が送られてくるのに驚かせられてしまった。ブレーキとカーブの練習をしておしまい。シミュレーションにお金がかかっている事は容易に想像できたが、このシミュレーションに乗ってバイクの運転が上手になることはないだろう。20年前の自動車のシミュレーションに較べると進歩しているが、お役立ち度は20年前と変わりない。これがシミュレーションの限界であって、教官もシミュレーションによって私の運転が改善することは期待していないだろう。ゲームセンターのバイクの方が安全運転の教育に役立つような気もする。今日を含めて3回のシミュレーション授業があるとのことで気持ちは複雑である。しかし、シミュレーション授業を受けることによって卒業へまた近づけたと思えば私は幸せである。

416日(木)1段階、10限。今日はスクーターの練習である。スクーターは初めてでとても興味があったが、乗ってみると運転が容易で楽しく走らせることができた。スラロームも一本橋も自由自在である。そのまま家まで運転して帰りたい気持ちになった。スクーターに少し興味が出てしまった。

バイクのアクセルには遊びがあって、その調節が難しいとおもう。クラッチも接点が分かりにくい。こんな条件で運転するには、それなりの対応が必要だ。アクセルは常に開き目にして、遊びをなくし、速度はフットブレーキで調節する。こんな運転をすれば車体に負担がかかるが、教習を無事に済ませるには仕方がないことである。半クラッチを長くとって、出発に多少時間がかかっても、エンストするよりは良いだろう。後は右足をタンクに密着させて、地面へ下ろしてはいけない。これだけ心がけるようにして、ずっと運転が安定した。

417日(金)1段階、11限。今日は坂道発進の練習である。坂道発進は自動車の時も上手く行ったので気にはしていなかった。その代わり、今回はクランクで道からはみ出してしまった。今まで低速の走行には自信があったのに、この失敗で一気に自分が嫌になってしまった。先日のスクーターの感覚が残っていて、運転が雑になったのも失敗の原因の一つである。また、バイクを傾けてカーブを曲がろうとしたのも良くなかった。自分に慢心が出てきたのかもしれない。教習中の運転は一般の道路の運転とは違った技術が必要だと思う。教習場の狭い道など、一般道路ならバイクから降りて押して歩くだろう。卒業検定まで教習用の運転技術を磨かねばならない。最後に教官から「次回は見きわめをしましょう。」と言われてしまった。え、まだ見きわめが終わっていなかったのですか?もう10時間くらいバイクに乗っているのに、一体自分は後どれくらい教習に通わなければならないのだろう。まあ、自分が未熟だから仕方がないのだが。

4月19日(日)1段階、12限。やっぱり今日は1段階の見きわめだった。教官に付いて一通りコースを回ったら、それで見きわめ終了。残りはスラロームの練習だった。スラロームを通過してUターン、再びスラノームを通過。5回くらい回っただろうか。教官が横でタイムを計っている。コース進入時に一時停止しなくて良いから、それで1秒くらい稼いでいる。8秒以内に通りすぎれば良いが、私は無理をする気は無い。1秒超過しても5点の減点だから大したことはない。要は卒業検定を70点以上で通れば良いのだ。しかし教官はそんな事はお構い無しに私に大型基準の7秒以内でスラノームを通り過ぎさせようとする。教官のこの情熱はどこから湧いてくるのだろう。私は志の低い生徒だから、教官には手抜きをして欲しいのだ。教官から「自由にコースを走って。」なんて言われたらとてもうれしいのだ。そんなことが分からない教官だから、ひたすらスラロームの特訓が続く。もう限界だ。見きわめから続けていた緊張の糸がふっつりと切れるのを感じる。こんなときにはバイクを路肩に止めて、深呼吸するのが良い。しかしそんなことが許されない私はスラロームに侵入、コーンに激突してしまった。クラッチを切ることすら忘れて両足でバイクを支えて、思わず右手のブレーキを握ったため、エンストして前のめりになる、無様な停止をしてしまった。サイドスタンドを立ててバイクを置いて、コーンを元に戻す。教官は「近くばかり見ているから、そんなことになるんだ。」と言っている。私は「いやー、もうヘロヘロでだめです。」と言ったが、教官は聞いていないのか、「また、スラロームを続けて。」と言っている。あと2回スラロームを入ったところでチャイム。最後のスラロームはリズムが崩れた、ノロノロの走行であった。「1本橋を渡って、車庫に戻ってきて。」と教官に言われて1本橋に向かったが、とても渡れる状態ではなかった。1本橋の手前に止まるのもバタバタして、1本橋に対して斜めになってしまった。発進もスムーズではなく、50センチくらいで1本橋から落ちてしまった。車庫までもどって、1段階終了。次は続けてシミュレーションである。

4月19日(日)2段階、1限。シミュレーションは気が楽である。教官が見ていなかったら、事故や暴走をしてやるところなのに残念である。私はいきなりシミュレーションのバイクに跨って発進である。前回も思ったが、エンストをしない設定になっているのはなぜだろう。エンストをさせても良いと思うのだが。景色は町の中である。とりあえずウインカーを出して教本通りに走行していると、教官は目をつぶっている。「これは自由に走行して良いということだな。」と思って、道の真ん中を気持ちよく飛ばしていると、シミュレーションから右折して下さいと言われた。やっぱり教本通りに運転しなければいけないらしく、真面目に走行した。噂に聞く飛び出しや幅寄せも無く、無事に終了すると、教官が「もう一度、確認しましょう。」と言い出した。「え、そういうことなの。」驚く私の前に今の運転が再現されていく。「もう少し左を走りましょう。交差点も中心の手前を走るように。人が交差点の手前で立っていたのは気づきましたか?いつまでも2速で走らないで3速へ入れて。」どんどん運転の失敗を指摘された。そうと分かっていたら、もっと気をつけて運転したのに。そう思っているうちに、次の場面である。路肩駐車、救急車両、走る子供。次々と要注意事項が登場してくる。しかし、このシミュレーションをクリアするコツは徐行、停止のようだ。他の車も歩行者も大変行儀良く、私が通り過ぎるまでじっと待っていてくれる。次は教官の模範運転で、難易度はかなり高いものだった。路肩を走る小学生など、どう対処したら良いのだろう?シミュレーションの中の小学生はバイクが横に来ると立ち止まってくれた。交差点で歩行者が通りすぎるのを待つ大型車がいるが、こちらもじっと待つしかない。教官が対向車と衝突しそうになるくらい右を走っている。右折するためにそこまで右へ寄らなければならないのか。恐るべし、シミュレーション。最後に私がシミュレーションを運転しておしまい。最後の運転の批評はなかった。早く2段階が終わってくれないだろうか。

バイク教習を受けるにはそれなりの準備が必要だとおもう。心の準備と体の準備である。心の準備は、何回もイメージトレーニングをして、気持ちをバイクへ持っていかねばならない。とっさの時にバイク操作が速やかにできるかどうかも日ごろのイメージトレーニングにかかっていると思う。体の準備は、体を運動に適した状態に持って行かねばならない。当直明けや勤務明けは体がスムーズに動いてくれない。できれば休日の午前中が良いと思う。また自分の体力を過信してはいけないと思う。これは44歳と言う年齢を言っているのではなく、20年間、運動らしい運動から遠ざかっていた事を言っている。日ごろから運動をしている人は良くて、私のように机上の仕事に従事している人が悪いのだ。20年運動をしていなければ錆付くのも当然だ。

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バイク教習その1

4月2日(木)入校式。妻にお願いしてやっと自動車学校へバイクの教習に行けることになった。元々私はバイク人間なのである。学生時代が富山県で、雪が積もる地域にいたからバイクに乗れなかったが、そうでなければきっとバイクに乗っていただろう。私は一人が好きだし、狭い道も好きだ。2時間走って山道の先が行き止まりでも気にしない。もし山道の先がどこか知っている道へ繋がっていたら、大発見をしたようで幸せな気持ちになれる。そんなわけで入学金12万円を握りしめて、自動車学校へ来ることになった。

高校生が居なくなる4月なので、自動車学校は閑散としていた。用務員のおじさんの様な人に入校希望だというと、色々入校の説明をしてくれた。私はそんなことは分かっているので、早く入校の手続きをしてくれと言った。2年前から入校用紙は用意してある。用務員のおじさんは意外そうな顔をして「しばらくお待ちください。」という。5分ほど待つと、これから入校式をしてくれるとのこと。これはうれしい誤算だ。張り切って病院から駆けつけた甲斐があった(私はリウマチ科の医者)。教室で待っていると、用務員のおじさんが書類を抱えて入ってきた。どうやらこの用務員のおじさんは偉い人だったようである。入校書類に貼る写真を撮影して、適正試験だ。勤務明けの疲れた頭には辛かった。まず視力が低下して、何も見えない。視力試験を合格させてくれたのはお情けだろう。間違え探しや、計算問題など難しい試験が次々出題された。最後は性格判断である。私は望ましい人格を予想して、その人格ならなんと答えるだろうかと考えながら答えて行った。50分程で入校式は終了。明日からは教習である。勤務が早く終わるか心配であったが、私は午後630分からの教習を予約した。因みに適正試験の結果は、正確な動作に問題ありで、性格は格好をつけ過ぎるから気を付けましょうとの事であった。きっと三角形を連続して書く試験で、三角が丸くなったのがいけなかったのであろう。格好つけすぎは、何故だか分からないが、「自分は他人より優れているとおもう。」に「はい。」を付けたのが良くなかったのだろう。

4月4日(金)1段階、1限。午後6時30分、今日は初めての教習である。私は運が悪いから今まで教官はいつも厳しい人に当たって来た。どうせ今回も厳しい人だと思っていたら、昨日の入校式をしてくれた人だった。これはラッキー、今回の教習は楽しくできそうである。軍手、運動靴、肘膝のプロテクター。ヘルメットは学校の備品であるから、かなり汗臭かった。ヘルメットのベルトのつけ方も分からないまま、直ぐにバイクの説明が始まる。「今までバイクに乗ったことはありますか?」の質問に私は緊張して、「はい、マニュアルタイプの50ccに乗りました。」と言った。これは本当である。しかし、乗ったのは兄貴のバイクで、時間は15分程度である。これではバイクに乗った事にならないかもしれない。しかし、この返事を聞いた教官は私を信用して、「では、1周走ってきてください。」と言う。「そんな無茶な。」と思ったが、緊張した私は「はい。」と答えるのが精一杯である。バイクを間近で見て「でかい。」と感じた。50ccのバイクがおもちゃであったと悟った時は手遅れである。重さも私の70キロを上回っているだろう(150kgとのこと)。「バイクを買うときは小さな125ccにしよう。」と思った。それでも蛮勇でバイクにまたがるとクラッチを握ってエンジンを始動した。「自動車は2400ccに乗っているのだ、400ccだって乗れるさ。」と、出発したが、初めてにしてはうまくいった。1速で一周すると、今度はギヤチェンジをしろという。言われるままにシフトアップをすると、さらにうまく走れたではないか。後、教わった事は「停止する前に1速までギヤを落としておくと、次に発進するときにスムーズである。」とのこと。あっという間に講習も終了して、翌日2限連続の講習を予約して帰った。この調子で行けばすぐに免許を貰えそうである。

4月4日(土)1段階、2-3限。強い雨である。雨の日は教習は休みでは無いだろかと心配をしていると、教習はあるとの事だ。今日も教官と1対1の教習である。私の他に4輪を含めて誰も生徒はいないのだから仕方がない。貸しきり状態で講習を受けられるのだから感謝しなければいけない。教官は30歳ほどのちょっと生意気そうな人であった。馬が合わないだろうなと思ったが、それはお互い様だろう。教官がバイクを準備してくれて、私に「さあ、外周を1周、回って来てください。」という。恐る恐るバイクに跨ると、いざ出発。昨日に較べて、滑らかに発進できた。カーブも順調で、周りを眺める余裕もあった。ギヤを4速まで入れることもできたし、停車も滑らかにできたし、外周3周の運転歴にしてはまともではなかっただろうか。教官は「ブレーキをぜんぜん使っていないから、エンジンブレーキだけではなく、フットブレーキを使ってください。」と言った。私は、そのとき初めてブレーキの存在に気づいた。何か止まる時に不安定だなと思っていたのはブレーキをかけていなかったからなのだ。1速に入れるとエンジンブレーキで止まりそうになるのだからブレーキを踏む必要は無かった。今度はブレーキを踏むと1速へギヤを下げることができなくなった。ブレーキを踏んで止まろうとすると、ハンドブレーキは握れるのに、フットブレーキを踏めなかった。止まるときにギヤを1速に入れようとしていると、右足に構っている余裕はない。ここで教官は「ギヤのことは考えなくても良いですから、確実に止まることを考えてください。」という。私は心の中で、「なんだ、そうと早く言ってくれればいいのに。」と思いつつ、ギヤは完全に無視して、ブレーキだけで止まってやった。何とか止まれた。次は緊急停止の練習だそうである。パイロンの間を抜けてブレーキをかけろと言うのである。前輪、後輪、前後輪を順番にかけろという。前輪、うまく止まれた。後輪、タイヤがロックして1-2mスリップしてしまった。当然初めてのエンストである。私はどうしてよいかわからなくて、完全に舞い上がってしまった。最後は前後輪である。なにやら分からぬままに停止すると、教官は「前後輪同時にブレーキをかけると止まりやすいでしょう。」と話し掛けてきた。「あんた、そんなことを言いたくて、私に後輪ロックさせたのか?」と言いたい気持ちを抑えて、「ええ、そうですね。」と笑顔で返事した。そこで終了のチャイム、バイク置き場まで戻って行った。休憩中に外を眺めてボーっとしていたら、教官が次の教習だと迎えに来た。「30分からではなかったですか?」と聞くと20分からだそうである。歩きながら教官は私に聞いてきた。「私が恐いですか?」私は「恐くはないが、ちょっと憎らしい。」と思ったが、「そんなことはぜんぜん無いですよ。」と明るく返事した。どうやら私がわざと遅刻したと思った様である。道路に4輪車が止まっていて、死角の確認である。私一人のためにこんな準備をしてもらいありがとうございます。教官の説明に私は、「ええ、ほぉー、なるほど。」など精一杯の賛辞の言葉を投げかけた。最後に教官は「急いでいると事故に遭いますから、常に時間には遅れない様にしましょう。」と言う。どうやら根に持つタイプの様である。次の講習はS字とクランクを通り抜けることであった。四輪車用のS字、クランクも恐かった。そんなことにはお構い無しに、さらにバイク用のS字、クランクへ進んでいった。一回通り抜けたからおしまいかと思ったら、2回目も入っていった。こっちはフラフラである。緊張の糸が途切れそうになるのを感じる。ええっと、ギヤを切り替えるのにクラッチは右手だったか、左手だったか、などとまごまごしていると、教官のバイクはどんどん遠ざかっていく。ギヤを切り替えてアクセルを回すと1速だったのかバイクが跳ね上がった。こうなるともうどうしようもない。迫る壁、体は硬直して動かない。もう声も出なかった。気持ちが負けているから体ものけぞってコントロール不能になる。スキーで斜面を暴走する時と同じである。その後どうなったのか覚えていない。気づくと路肩に倒れて、エンジンが考えられない様な高回転で唸りを上げながら私の体の上に乗っていた。バイクから這い出そうとしたが、100キロを超えるバイクは動かなかった。やっとできたことはアクセルを戻してエンジンを緊急停止させることであった。「なにやっているんですか?」教官の第一声である。「こけたんですよ。助けてください。」と心の中で叫びつつ、私は「どうも、すみません。」と声を出して謝った。教官は私に向かって、「アクセルを開けたのでしょう。」と言ってきた。「ええ、まあ。」と私が返事をすると、教官は「勝手にアクセルを開いたのですね。」と決め付けてきた。「ははーん、そうか。私が勝手にアクセルを開いた事にすれば、教官の責任では無くなるんだな。」と理解して、「はい、アクセルを開けました。すみません。」と謝った。ようやく教官がバイクを起こしてくれて、私は起き上がることができた。左足がズキリと痛んだが、靭帯と骨は無事な様である。後で見ると擦り傷で済んでいた。教官が「体は大丈夫ですか?」と聞いてきたから私は即座に「大丈夫です。」と答えた。縫合しなければならない傷であっても私は教官には黙っていたと思う。バイクの後部座席に乗せてもらって、洗車場まで行ってバイクを洗車した。「どうもすみません。」と私が言うと、「謝らなくてもいいです。」と教官はいう。私はそれもそうだ。もう謝らないぞと思った。少し走って本日は終了。この後は当直だ。せめて当直は平穏であって欲しいものだ。雨に濡れた体はへとへとである。転んだ恐怖で精神はまだ正常ではない。きっと今日が一番つらい日で、この次からもっと楽になる。と期待しつつ次の講習の予約を当直明け直ぐの、明日、920分からに決めた。

4月5日(日)1段階、4-5限。今日も雨である。朝8時半、当直明けで体はだるいが、気持ちを奮い立たせて教習場へ向かう。昨日のウインドブレーカは濡れたままなので、途中のホームセンターで合羽を買って、教習場で着替えることにした。運動靴も軍手も濡れたままだが、代えを家まで取りに帰る時間は無かった。バイク置き場に教官が待っていた。「おはようございます。」できるだけ明るくあいさつをすると、教官は私を見て、「今日は合羽を新調してきましたね。」と言ったが、新調というより、着る物が無いから、仕方なく買ってきたのが本当である。教官は楽しそうに続けた。「もう、バイクに乗りたくてウズウズしているんじゃないですか?」私は笑顔で「ええ、まあ。」と答えたが、本心は逆である。「このまま教習など受けずに家へ帰りたい。」「バイクなど今は見るのも嫌。」等という言葉は一言も漏らさずに、勧められるままにバイクへ跨った。いつも思うが、私は体のバランス機能が少し傾いているのだろう。バイクに跨る度にバイクがこけそうな錯覚を感じる。きっといつかは立ちごけするんだろうなと言う予感を感じつつ出発。教習場の外周を1周回ると昨日よりへたくそになっていた。昨日はアドレナリン全開の心臓バクバク状態で運転していたから五官も研ぎ澄まされていたのだろう。今は当直明けで体は寝ているから仕方がない。何とか無難に今日の講習を乗り切ることを考えた。教官はスクーターに乗り平行して走りながら何か叫んでいるが、何を言われているのかエンジン音がやかましくて何も聞こえない。仕方がないので「はい、はい。」言いながら走っていると、教官が追い越して、停止命令が出た。何かまずいことをしてしまったかと思ったら、「後をついて来い。」とのことである。ほっとして出発しようかと思ったが、発進に失敗してしまった。アクセルを開けすぎてバイクが跳ね上がってしまったのだ。一瞬の判断を誤り、右手を握り締めたら、案の定、バイクは暴走して路肩へ直進。私はバイクに「バカ、そんな方へ行くな。」と叫んだが、バイクが私の言うことなど聞いてくれるはずもなし。仕方がないので私は急いで横こけをした。2回目の転倒は結構落ち着いたもので、転んでからも自分でバイクから這い出すこともできたし、バイクを起こすことまでできた。結構自己満足していると、教官が戻ってきて冷たく、「中沢さん、何しているんですか?」の一言である。「何しているも、転んだに決まっているじゃありませんか。」などとは口に出さず、私はひたすら「すみません、すみません。」と誤った。教官は、「謝らなくてもいいですから、何していたか答えてください。」と言う。私は仕方がなく、「バイクが暴走して、」と言い訳をしようとしたが、教官は、「中沢さんがアクセルを急に開いたんですね。どうしてそんなことをするんですか?」と言ってきた。「私はバイク3日目の臆病な男なのだから、面白半分でアクセルを開くはずもないでしょう。」などとは口に出さず、「ええ、どうもすみません。」と答えた。教官は私に分かる様にため息をつくと黙って私のバイクを洗車場まで運んでしまった。私は無言の教官の後を黙って歩いて付いて行くしかなかった。「私は、もともと運動が不器用な方なのだから、あまり期待しないでください。」「転倒したのは悪かったと思っていますが、わざとじゃないのですから、仕方がないでしょう。」と口に出したいのをやめて、「バイクを傷つけてすみませんでした。」と言っておいた。

実習を再開すると教官は「中沢さんのやりたい練習をしてください。」と言い始めた。「お、完全に喧嘩腰だな。」と思いつつ、私は「では、スタート、発進の練習を。」と言った。そうなのである。自動車の運転でも私は半クラッチが苦手だったのだ。クラッチ板に負担がかかるのが嫌で、スパッとクラッチを繋ぐ癖がある。もうクラッチ板が焼けても構わない。半クラッチを嫌というほど続けてスタートの練習をしてやった。なるほど半クラッチの効果は絶大で、あんなに不安定だった発進も安定してできる様になった。私が20回ほど発進、停止の練習をしていると、教官は、「S字カーブへ行くのでついて来てください。」という。まだ発進、停止をしたかったが教官についていった。低速は、私は好きである。クラッチを繋いで、後はアイドリングで走行すれば、大抵の道は進んで行ける。狭い道にバイクを押し付けるように進んでいくと、難なく通り抜けることができた。すると次は、「スラロームヘ行きましょう。」との事である。ゆっくり通り抜けることができたが、それは教官の気に召さなかった様である。次に、教官の運転で、バイクの後部に座らせてもらい、スラロームヘ進行した。なるほど、教官はバイクの運転が上手いものである。素人の私が腕前の差を実感するのだから、実際は比べ物にならない位、教官は運転が上手なのだろう。少し教官を見直したが、その後がまた、辛かった。教官は外周へ出て、スラロームを続けたが、その場面はまったくの「暴走族走り」である。「結局、教官は私に暴走族走りをしろと言うのですね。」と心の中で納得しながら、いざスラロームヘ挑戦した。「ハンドルを切るとバイクが、ハンドルを切った方向へ倒れるが、そこでアクセルを回すと、後輪に駆動力が働き、バイク全体が前へ押し出されて、車体が起き上がる方向に力が加わるんだな。」「バイクはハンドルの切れ角が37度しかないから、ハンドルがインヘ入りすぎて倒れる心配もないな。」等という事を考えながらバイクを発進、そこで理論と実践が噛み合わない事を痛感させられるのである。アクセルを回すとバイクはあらぬ方向へ飛び出して、こけそうになること5-6回はあった。それを知ってか知らずか、教官は「もっと速く。テンポ良く。」等とアドバイスを送ってくる。ここで思い出したのは、スキー教習のアドバイスである。「谷足に体重をかけて、目線は遠くの方へ合わせる。」等と言われて、言われた内容は理解できるが、体が上手く動かないのである。恐いものは恐いのである。恐いということは人の基本的な反応であるから、簡単に消せる物ではない。逆に恐いと思うのなら、それは体が緊急事態に対処できない証拠だから、恐いことはしてはいけない。等と考えつつ、教官には「はい。はい。」と返事をするしかなかった。プルークボーゲンしかできない者にウェーデルンをしろという様なものだ。確かに運動ができる者はすぐにウェーデルンを習得していったが、私はそうではない。全身に悪い汗をかきながら、一生懸命アクセルを回す練習をした。そのうち教官は私に、右手で片手運転をしろと言い始めた。自衛隊のバイク部隊では無いのだから、片手運転の練習をさせられるとは思わなかった。これは3回目の転倒を経験できるかも知れないと思いつつ。言われるままに左手を離して、運転を開始した。これはさらに恐かった。ハンドルを握る右手が硬直してしまった。それでも倒れなかったのは、バイクの性能が良いからであろう。アクセルを吹かすと見えない力で無理やり車体が起こされる錯覚を感じた。教官に「さあ、両手で同じように運転してみようか?」と言われて、両手でハンドルを持つと、アーラ不思議、先ほどまでどんなに頑張ってもできなかっらスラロームが簡単にできるではないか。少し教官を見直したぞ。そこで講習終了のチャイムが鳴って、今日はここまで。だけどこれならパイロンの間も簡単にすり抜けられそうである。

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東光山

オレンジ鉄道の電車に会えました。妻の話では通勤時間帯には多くの人がオレンジ鉄道を利用してくれているそうです。いつもは1両なのにこの時は2両走っていました。オレンジ鉄道はディーゼルでなく、電化されています。車両もきれいだし、路線もきちんと整備されているし、オレンジ鉄道はがんばっているようです。02_2 01_3 この日も曇っていましたが、比較的遠くまで見渡せました。私が育ったところと違い、植物の緑が目につきます。17 03_2 途中の歩道ではアスファルトを竹が突き破っていました。竹の生育はたくましく、東光山の森も竹に圧倒されています。04 私は竹は嫌いではありませんが、もっと広葉樹も育ってほしいと思います。

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エコパーク水俣

水俣湾の埋立地にできた公園です。広い広い、本当に広い。とても広くて、野球場は向かいあわせで2面並んでもまだ土地があまっています。水俣市街からアクセス良好の立地なので、ここを宅地にしたらどんなにありがたられるだろうと思いながら一周散歩してきました。水俣病の資料館にも行ってきました。とても立派です。普通の郷土資料館など較べようもないほど展示内容も充実しています。おまけに入館料は無料で、近所の小学校は遠足で利用しているのだろうと思いました。もし近くまで寄られる機会があれば、見ていってください。01_2 02 03

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鹿児島ふれあいスポーツランド

鹿児島ふれあいスポーツランドは指宿スカイラインを中山インターチェンジで降りたところにあります。前回は夏頃来て、プールで泳いだのを覚えています。今回は広い園内を散策しました。清水エスパルスが来ていたそうで、沢山のエスパルスの幟を見ましたが、姿を見ることはできませんでした。 写真は家族連れでにぎわう公園です。01 本当に子供が沢山で、あまり多いので、公園が子供であふれそうでした。広い芝生広場があって気持ちよかったです。晴れていて桜島がよく見えました。鹿児島ふれあいスポーツランドまで出水市から高速道路を使っても2時間くらいかかりますが、また来たいと思いました。 02

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甲川ダム

出水市は米ノ津川の扇状地にあります。その米ノ津川の支流の甲川に甲川ダムがありました。春は桜が綺麗だそうです。 ちょっとドライブで行ってきました。どこかに広場があるはずですが、今回は見つけられませんでした。 02 01_2

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